ある探偵事件
寺田寅彦

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)尻尾《しっぽ》が長くて

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和九年二月『大阪毎日新聞』)
−−

 数年前に「ボーヤ」と名づけた白毛の雄猫が病死してから以来しばらくわが家の縁側に猫というものの姿を見ない月日が流れた。先年、犬養内閣が成立したとおなじ日に一羽のローラーカナリヤが迷い込んで来たのを捕えて飼っているうち、ある朝ちょっとの不注意で逃がしてしまった。そのおなじ日の夕方帰宅して見ると茶の間の真中に一匹の真白な小猫が坐り込んですましてお化粧をしていた。家人に聞いてみると、どこからともなく入り込んで来て、そうして、すっかりわがもの顔に家中を歩き廻っているそうである。それが不思議なことには死んだボーヤの小さい時とほとんどそっくりでただ尻尾《しっぽ》が長くてその尻尾に雉毛《きじげ》の紋様があるだけの相違である。どこかの飼猫の子が捨てられたか迷って来たかであるに相違ないが、とにかくそのままに居着いてしまって「白」と命名された。珍しく鷹揚な猫で、ある日犬に追
次へ
全5ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング