みふけっている。おそらく「千曲川《ちくまがわ》のスケッチ」らしい。もう一度ああいう年ごろになってみたいといったような気もするのであった。
園内の渓谷《けいこく》に渡した釣《つ》り橋を渡って行くとき向こうから来た浴衣姿《ゆかたすがた》の青年の片手にさげていたのも、どうもやはり「千曲川《ちくまがわ》のスケッチ」らしい。絵日傘《えひがさ》をさした田舎《いなか》くさいドイツ人夫婦が恐ろしくおおぜいの子供をつれて谷を見おろしていた。
動物園がある。熊《くま》にせんべいを買って口の中へ投げ込んでやる。口をいっぱいにあいて下へ落ちたせんべいのありうる可能性などは考えないで悠然《ゆうぜん》として次のを待っている姿は罪のないものである。自分らと並んで見物していた信州《しんしゅう》人らしいおじさんが連れの男にこの熊は「人格」が高いとかなんとかいうような話をしていた。熊の人格も珍しい。
猿《さる》の檻《おり》はどこの国でもいちばん人気がある。中に一匹腰が抜けて足の立たないのがいて、他の仲間のような活動を断念してたいていいつも小屋の屋根の上でごろごろしている。それがどうかして時おり移動したくなるとひょい
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