とえば去年は八月半ばにたくさん咲いていた釣舟草《つりふねそう》がことしの同じころにはいくらも見つからなかった。そうして九月上旬にもう一度行ったときに、温泉前の渓流《けいりゅう》の向こう側の林間軌道を歩いていたらそこの道ばたにこの花がたくさん咲き乱れているのを発見した。

 星野《ほしの》滞在中に一日|小諸城趾《こもろじょうし》を見物に行った。城の大手門を見込んでちょっとした坂を下って行くのであるが、こうした地形に拠《よ》った城は存外珍しいのではないかと思う。
 藤村庵《とうそんあん》というのがあって、そこには藤村氏の筆跡が壁に掛け並べてあったり、藤村文献目録なども備えてある。現に生きて活動している文人にゆかりのある家をこういうふうにしてあたかも古人の遺跡のように仕立ててあるのもやはりちょっと珍しいような気がする。
 天守台跡に上っているとどこかでからすの鳴いているのが「アベバ、アベバ」と聞こえる。こういうからすの声もめったに聞いたことがないような気がした。石崖《いしがけ》の上の端近く、一高の学生が一人あぐらをかいて上着を頭からすっぽりかぶって暑い日ざしをよけながら岩波文庫らしいものを読
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