がするのであった。
このように、すべてのものが去年とそっくりそのままのようであるが、しばらく見ているとまた少しずついろいろの相違が目について来るのであった。たとえば池のみぎわから水面におおいかぶさるように茂った見知らぬ木のあることは知っていたが、それに去年は見なかった珍しい十字形の白い花が咲いている。それが日比谷公園《ひびやこうえん》の一角に、英国より寄贈されたものだという説明の札をつけて植えてある「花水木《はなみずき》」というのと少なくも花だけはよく似ているようである。しかし植物図鑑で捜してみるとこれは「やまぼうし」一名「やまぐわ」(Cornus Kousa, Buerg.)というものに相当するらしい。
とにかく、わずかな季節の差違で、去年はなかったものが、今突然目の前に出現したように思われるのであった。不注意なわれわれ素人《しろうと》には花のない見知らぬ樹木はだいたい針葉樹と扁葉樹《へんようじゅ》との二色《ふたいろ》ぐらいか、せいぜいで十種二十種にしか区別ができないのに、花が咲いて見るとそこに何か新しい別物が生まれたかのように感じるものらしい。無理な類推ではあるが人間の個性も、
前へ
次へ
全12ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング