はり主として手首にあるという説を近ごろある人から聞いた。真偽は別として、それは力学的にもきわめて理解しやすいことだと思われる。
 中学時代に少しばかり居合い抜きのけいこをさせられたことがある。刀身の抜きさしにも手首の運動が肝要な役目を勤める。また真剣を上段から打ちおろす時にピューッと音がするようでなければならない。それにはもちろん刃がまっすぐになることも必要であるが、その上に手首が自由な状態にあることが必要条件であるように思われた。従って人を切る場合にでも同様なことが当てはまるであろうと思われる。撃剣でも竹刀《しない》の打ち込まれる電光石火の迅速な運動に、この同じ手首が肝心な役目を務めるであろうということも想像されるであろう。
 こんな話を偶然ある軍人にしたら、それはおもしろいことであると言ってその時話して聞かせたところによると、乗馬のけいこをするときに、手綱《たづな》をかいくる手首の自由な屈撓性《くっとうせい》を養うために、手首をぐるぐる回転させるだけの動作を繰り返しやらされるそうである。
 どうも世の中の事がなんでもかでもみんな手首の問題になって来るような気がするのであった。そう言
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