「手首」の問題
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)下手《へた》と上手《じょうず》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)結局|生涯《しょうがい》本音を出さずに
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ](昭和七年三月、中央公論)
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バイオリンやセロをひいてよい音を出すのはなかなかむつかしいものである。同じ楽器を同じ弓でひくのに、下手《へた》と上手《じょうず》ではまるで別の楽器のような音が出る。下手な者は無理に弓の毛を弦に押しつけこすりつけてそうしてしいていやな音をしぼり出しているように見えるが、上手な玄人《くろうと》となると実にふわりと軽くあてがった弓を通じてあたかも楽器の中からやすやすと美しい音の流れをぬき出しているかのように見える。これはわれわれ素人《しろうと》の目には実際一種の魔術であるとしか思われない。玄人の談によると、強いフォルテを出すのでも必ずしも弓の圧力や速度だけではうまく出るものではないそうである。たとえばイザイの持っていたバイオリンはブリジが低くて弦が指板にすれすれに
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