響に対する私の見解の根本的方面がこれによつて略々《ほぼ》読者に推察せらるる事と思ふ。
 解放は女子をして最も真なる意味に於て人たらしめなければならない、肯定と活動とを切に欲求する女性中のあらゆるものがその完全な発想を得なければならない。全ての人工的障碍が打破せられなければならない。偉《おおい》なる自由に向ふ大道に数世紀の間横たはつてゐる服従と奴隷の足跡が払拭せられなければならない。
 これが婦人解放運動そも/\の目的であつた。然るにその運動の齎《もた》らした結果はと云ふと反つて女子を孤立せしめ、女性にエツセンシヤルである幸福の泉を彼女から奪つてしまつたのである。単なる外形的解放は近代の婦人を人工的の者と化し去つた。それは恰《あた》かもかの仏蘭西《フランス》の植木家の手になるピラミツド形、車輪形或は花環形の奇異なる草木を徒《いたず》らに連想せしむるのみで、女子内部本性の発想によつて達せらるる何等の形をも現はしてはゐないのである。かくの如く人工的に成長せる女性植物の大多数が特に現社会の所謂《いわゆる》智識階級中に発見せらるるのである。
 女子のための自由と平等! この言葉が初めてかの高潔勇
前へ 次へ
全18ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 野枝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング