に美しく生きてゐる様に思はれる。
これ等の内部圧制者は輿論の形に於て、或は父母、兄弟、親戚の言葉となつて現はれてゐる。グランデイ夫人、コムストツク氏、雇主、文部省等はなんと云つてゐるか? 全てこれ等の御世話好きと、品行探偵と人間精神の獄吏――この人等はなんと云つてゐるか? 全てかくの如き者をものとせず、自己の立場を確立し、何等の拘束なき自由を主張し自己本然の声――それが生の最大宝庫なる男子に対する愛にせよ、或は最も光栄ある分娩の特権にせよ――に耳傾くることを学ぶまで婦人は真によく解放せられたりと称することは出来ないのである。解放せられたる婦人にして自己の胸底に絶へず波動しつゝ、聞かれんことを求め、満されんことを望んでゐる愛の声を真に自已の天職なりと信じ、進んでそれを承認せんとする婦人は果してどれ程あるであらう?
仏蘭西の作家ジエーンライブラハは小説“New Beauty”の中に解放せられたる理想的美人を描き出さんと企ててゐる。その理想は医師を職とする一少女に体現せられてゐる。彼女は育児法に就て極めて巧妙に物語る。彼女は又親切であつて貧困なる多くの母に自由に薬を供給する。彼女はある知
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