、飛び飛びになっています。Sの母親と、私の母親が姉妹で、あの家とは極く近い親戚で――え、私ももとはやはり谷中の者です。Sも、どうもお百姓のくせに、百姓仕事をしませんで、始終何にもならんことに走りまわってばかりいて困ります。」
 彼はそんなこともいった。若いSは谷中のために一生を捧げたT翁の亡き後は、その後継者のような位置になって、残留民の代表者になって、いろいろな交渉の任にあたっていた。Sにはそれは本当に一生懸命な仕事でなくてはならなかった。
「堤防を切られて水に浸っているのだといいますね。」
「なあに、家のある処はみんな地面がずっと他よりは高くなっていますから、少々の水なら決して浸るような事はありませんよ。Sの家の地面なんかは、他の家から見るとまた一段と高くなっていますから、他は少々浸っても大丈夫なくらいです。お出でになれば分ります。」
 彼はさも、何でもないことを大げさに信じている私達を笑うように、また私達をそう信じさせる村民に反感をもってでもいるように、苦い顔をしていい切ると、またスタスタ先になって歩き出した。
 いつのまにか、行く手に横たわった長い堤防に私達は近づいていた。

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