てしまうかとばかりに縮み上がって、後にも先にも動く気力もなくなって、私はもう半泣きになりながら、山岡に励まされて僅かの処を長いことかかってようように水のない処まで来ると、そこからはSの家の前までは、細い道がずっと通っていた。

        八

 木立の中の屋敷はかなりな広さをもっている。一段高くなった隅に住居らしい一棟と、物置小屋らしい一棟とがそれより一段低く並んでいる。前は広い菜圃になっている。畑のまわりを鶏が歩きまわっている。他には人影も何にもない。取りつきの井戸端に下駄や泥まみれのステッキをおいて、家に近づいていった。正面に向いた家の戸が半分しめられて、家の中にも誰もいないらしい。
「御免!」
 幾度も声高にいって見たが何の応えもない。住居といっても、傍の物置きと何の変りもない。正面の出入口と並んで、同じ向きに雨戸が二三枚しまるようになった処が開いている。他は三方とも板で囲われている。覗いて見ると、家の奥行きは三間とはない。そこの低い床の上に五六枚の畳が敷かれて、あとは土間になっている。もちろん押入れもなければ戸棚もない。夜具や着物などが片隅みに押し寄せてあって、上りかまち
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