がどんなに惨めにおかしく見えたろう? だが一体どうしたことだろう? まさかにあの新聞の記事があとかたもない嘘とは思えないが、今日を限りに立ち退きを請求されている人達が、悠々と落ちついて、畑を耕やして麦を播いているというのは、どういう考えなのだろう? やはり、どうしてもこの土地を去らない決心でいるのであろうか。私はひとりでそんなことを考えながら、山岡には一二間も後れながら、今度は前よりもさらに深い、膝までも来る蘆間の泥水の中を、ともすれば重心を失いそうになる体を、一と足ずつにようやくに運んでゆくのであった。
「みんな、毎日こんなひどい道を歩いちゃ、癪に障ってるんだろうね。」
 山岡は後をふり向きながらいった。
「たまに歩いてこんなのを、毎日歩いちゃ本当にいやになるでしょうね。第一、私達ならすぐ病気になりますね。よくまあこんな処に十年も我慢していられること。」
 といっているうちにも、一と足ずつにのめりそうになる体をもてあまして、幾度も私は立ち止まった。少し立ち止まっていると刺すように冷たい水に足の感覚を奪われて、上辷りのする泥の中にふみしめる力もない。下半身から伝わる寒気に体中の血は凍っ
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