ると、沼の中には道らしいものは何にもない。蘆はその辺には生えてはいないが、足跡のついた泥地が洲のように所々高くなっているきりで、他とは変わりのない水たまりばかりであった。
「あら、道がないじゃありませんか。こんな処から行けやしないでしょう?」
「ここから行くのさ、ここからでなくてどこから行くんだい?」
「他に道があるんですよ、きっと。だってここからじゃ、裸足にならなくちゃ行かれないじゃありませんか。」
「あたりまえさ、下駄でなんか歩けるものか。」
「だって、いくら何んだって道がないはずはないわ。」
「ここが道だよ。ここでなくて他にどこにある?」
「向うの方にあるかもしれないわ。」
 私は少し向うの方に、小高い島のような畑地が三つ四つ続いたような形になっている処を指しながらいった。
「同じだよ、どこからだって。こんな沼の中に道なんかあるもんか、ぐずぐずいってると置いてくよ。ぜいたくいわないで裸足になってお出で。」
「いやあね、道がないなんて、冷たくってやりきれやしないわ。」
「ここでそんなこといったって仕様があるもんか、何しに来たんだ? それともここまで来て、このまま帰るのか?」
 山岡
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