私はなぜその当然のことに楯つこうとするのだろう?
私はそこに何かを見出さなければならないと思いあせりながら、果しもない、種々な考えの中になにも捕捉しえずに、何となく長い考えのつながりのひまひまに襲われる、漠然とした悲しみに、床についても、とうとう三時を打つ頃まで私の目はハッキリ灯を見つめていた。
五
次の日も、その次の日も、当座は毎日のように、私は目前に迫った仕事のひまひまには、黙って一人きりでその問題について考えていた。Tのいったことも、漸次に、何の不平もなしに真実に受け容れる事ができてきはしたけれど、最初からの私自身が受けた感じの上には何の響きもこなかった。
Tの理屈は正しい。私はそれを理解することはできる。しかし、私にはその理屈より他に、その理屈で流してしまうことのできない、事実に対する感じが生きている。私はそれをTのように単に幼稚なセンティメンタリズムとして、無雑作に軽蔑することもできないし、無視することもできないのだ。
私がたまたま聞いた一つの事実は、広い世の中の一隅における、ほんの一小部分の出来事に過ぎないのだ。もっともっと酷い不公平を受けている
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