は、私の望むような、批判的な考えの方には導かないで、何となく物悲しい寂しさをもって、絶望的なその村民達の惨めな生活を想像させるのであった。私の心は果てしもなく拡がる想像の中にすべてを忘れて没頭していた。
「おい、何をそんなに考え込んでいるんだい?」
 よほどたってTは、不機嫌な顔をして、私を考えの中から呼び返した。
「何って先刻からのことですよ。」
「なんだ、まだあんなことを考えているのかい。あんなことをいくら考えたってどうなるもんか。それよりもっと自分のことで考えなきゃならないことがうんとあらあ。」
「そんなことは、私だって知っていますよ。だけど他人のことだからといって、考えずにゃいられないから考えているんです。」
 私はムッとしていった。どうにもならない他人のことを考えるひまに、一歩でも自分の生活を進めることを考えるのが本当だということくらい知っている。Tの個人主義的な考えの上からは、私がいつまでも、そんなよそごとを考えているのは、馬鹿馬鹿しいセンティメンタリストのすることとして軽蔑すべきことかもしれない。現に今日私とM氏との間に交わされた話も、彼には普通の雑談として聞かれたにすぎ
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