れば、どうもそうらしく思われもする。けれど、堤防の中の窪地に今もなお居残って住んでいるという、今私の尋ねていこうという人達は、この広い窪地の何処に住んでいるのであろう? 道は一と筋あるにはあるが、彼の土手の外に人家があるとは、聞いた話を信用すれば少しおかしい。
「ちょっとお伺いいたしますが、谷中村へ行くのには、この道をゆくのでしょうか?」
 ちょうどその窪地の中の道から、土手に上がってきた男を待って、私は聞いた。その男もまた、不思議そうに、私達を見上げ見下ろしながら、谷中村はもう十年も前から廃止になって沼になっているが、残っている家が少々はない事もないけれど、とても行ったところで分るまいといいながら、それでも、そこはこの土手のもう一つ向うになるのだから、土手の蔭の橋の傍で聞けと教えてくれた。けれど彼はなお、私達に、とても行ったところで仕方がないというような口吻で、残った人達を尋ねる事の困難を説明した。
 窪地の中の道の左右は、まばらに葦が生えてはいるが、それが普通の耕地であった事は一と目に肯かれる。細い畔道や、田の間の小溝が、ありしままの姿で残っている。しかし、この新らしい高い堤防が役
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