ばれた。そして渡良瀬、思の両川が合して利根の本流に落ちようとする処、従って、いつも逆流の正面に当って一番被害の激しい谷中村がその用地にあてられたのである。土地買収が始まった。躍起となった反対運動も、何の効も奏しなかった。激しい反対の中に買収はずんずん遂行された。しかし、少数の強硬な反対者だけはどうしても肯んじなかった。彼等は祖先からの由緒をたてに、官憲の高圧的な手段に対しての反抗、または買収の手段の陋劣に対する私憤、その他種々なからみまつわった情実につれて、死んでも買収には応じないと頑張った。大部分の買収を終わって、既に工事にかかった当局は、この少数の者に対しては、どうしても、土地収用法の適用によって、他に立ち退かすより他はなかった。そこで、その残った家の強制破壊が断行された。
「その土地収用法というのはいったい何です?」
「そういう法律があるんです。政府で、どうしても必要な土地であるのを、買収に応じないものがあれば、その収用法によって、立ち退きを強制することが出来るのです。」
「へえ、そんな法律があるんですか。でも家を毀すなんて、乱暴じゃありませんか。もっとも、それが一番有効な方法じゃあるでしょうけれど、あんまりですね。」
その家屋破壊の強制執行は、更に残留民の激昂を煽った。
「そのやり方もずいぶんひどいんですよ。本当ならばまず毀す前に、みんなを収容するバラックくらいは建てておいて、それからまあ毀すなら毀して、それも他の処に建ててやるくらいの親切はなければならないんです。それをなんでも家を毀して、ここにいられないようにしさえすればいいくらいの考えで、滅茶苦茶にやったんでしょう。それじゃ、とても虫をおさえている訳にはゆきませんよ。第一他にからだのおき場所がないんですからね。」
彼等はあくまで反抗する気で、そこに再び自分達の手でやっと雨露をしのげるくらいの仮小屋を建てて、どうしても立ち退かなかった。もちろん、下げ渡されるはずの買収費をも受けなかった。県当局も、それ以上には手の出しようはなかった。彼等がどうしても、その住居に堪えられなくなって立ち退くのを待つより他はなくなった。しかし、それから、もう十年の月日が経った。工事も済んで谷中全村の広い地域は、高い堤防を囲まれた一大貯水池になった。そして河の増水のたびに、その貯水池の中に水が注ぎ込まれるのであった。それでも彼
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