つらい事ではないと今もまだ思っているくらいですが。しかしとにかく初めての貧乏にずいぶんつらい思いをしたのは本当です。私は彼の母や妹たちがどうかしてそんなにいやな目に会わないようにしたいと思いました。けれども、私自身が何か働けるのならですが何にも出来ないのです。ではといって、彼はもう外に出て他人の下で働くのは真っ平だというのですからそれもすすめる訳にはゆきません。
貧乏がだんだんひどくなってきますと、珍らしいくらいにあきらめのいい年寄りもたまには愚痴も小言もいいます。そしてそれに身を切られるほどに辛いのは私だけなんです。彼はそれは呑気でした。明日たべるものがないといっても、「仕方がない」と手を束ねている事が出来るのです。こんな貧乏の中にいてはそういう人がいちばん割がいいのです。
あとから考えれば、ずいぶんいろんな事もありますが、どんなに利己的な態度をされても、その頃まで私が彼の態度に対して批評的になれなかったのは事実でした。私はどんな場合にも彼から独立し得なかったのです。彼に指導され教えられてきて出来た頭はどうしても彼に隷属して離れなかったのです。
いろいろな困難が一つ一つ自分の身
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