のをどうする事も出来ません。私もまた彼と直接には無関係でありながら、なおまた、ますます調子のちがった彼の生活を気にする事があるのです。
 私は彼の妙な引っこみ思案に対して遠慮は少しもしませんでした。私は彼の才能を信じていましたから。彼は実力を持っていると信じていましたから。文壇にその頃幅をきかせている若い人達にくらべてもけっして劣る処はないと信じていましたから。私は少しも遠慮をする必要はなかったのです。しかし、何といっても、彼が文壇的に少しも野心を持たないのなら別ですが、相応に乗り出したい気もし、自分を信じてもいながら、妙にひっこんでいるのに対して、私の心持は少しずつ批評的になってきたのでした。
 その間にも私の前にはいろんな困難が次から次へと押しよせてきました。
 私共の生活の第一番の困難は、貧乏という事でした。Tは私を救うために失職しました。家にはその時から収入が途絶えたのです。そして私はその貧乏の中にとび込んだのです。私の親達も貧乏でしたがそれでも私は自分で直接に貧乏のつらさというものを少しも知りませんでした。もっとも、その時以来ずいぶん貧乏をしてきましたが、貧乏だけならちっとも
前へ 次へ
全22ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 野枝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング