そうな風なのでもって志保子はよほど大事なことだろうと思って強いてそれを聞くのを急ぎもしなかった。「今に時が来たら話すだろう」と思い思い過ごした。
 志保子はすぐ家の門を出ると見える所にある小学校に勤めていた。登志子は毎朝志保子を送って門まで出ては、黄色な菜の花の中を歩いていく友達の姿を見送った。そして室に帰ると手持無沙汰で考え込んではいつか昼になったことを知らされるのであった。
「今日はどうしてもすっかり話してしまおう」と思っては毎日話の順序をたてようとした。けれども苦しいその努力はいつも無駄に終ってただ、今まで自分の歩いてきた長い道程に沿って起こったさまざまな出来事や、そのうちにも今度自分がついにすべてを棄てて頑迷な周囲から逃がれるようになった動機やこの間の苦悶に思いを運ぶと、とてももう静かに頭の中で話の筋道をたてて見るなどいうことは出来なくなってしまうのであった。そして思いはただいたずらに自分が無断で出た後の家の混雑、父の当惑の様子、叔父や叔母達の散々に自分のことをいいののしる様子や、母の憂慮、そういった方にばかり走っていった。そんな時には、自分の道を自分の手で切り開いていく最初の
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