涙をいっぱいに湛えた目で志保子の顔を見あげながら、わずかにうなずいたきりだった。
「私ねずいぶん見すぼらしいなりしているでしょう。ふだんのまんま家を逃げ出して来たのよ、すぐにね東京へ引き返して行こうと思ったんですけれど少し考えることがあってあなたの所へ来たの。長いことはないのだから置かして頂戴な」
 ようやくこれだけいい出したのは冷たい床の中に二人してはいってから、よほどいろんなことを話して後だった。
「まあそう、だけどどうして黙ってなんか出てきたの、どんな事情で。さしつかえがないのなら話してね、私の所へなんかいつまでいてもいいことよ、いつまでもいらっしゃい、あなたがあきるまで――でも本当にどうして出てきたの」
「いずれ話してよ、でも今夜は御免なさいね、ずいぶん長い話なんですもの」
「そう、それじゃ今にゆっくり聞きましょう、あなたのいたいだけいらっしゃい。ほんとに心配しなくてもいいわ」
「ありがとう。安心したわ、ほんとにうれしい」
 こうした会話をかわしたきりに登志子は、一週間たつ今日までそのことについては何にも話さなかった。何にもかまわずぶちまけてしまうような性質な登志子が、話しにく
前へ 次へ
全23ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 野枝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング