さはさらになくて、かえって自分が苦しんでいるように思われる。登志子は手紙を読んでしまうと、いろいろな感情が一時にかきまわされてときの声をあげて体中を荒れ狂うように思われた。だんだんそれが静まるにつれて考えは多く光郎と自分の上にうつっていった。そうして目はいつか姦通、という忌わしい字の上に落ちていった。
「本当にそうなのかしら」
 考えると登志子は身ぶるいした。あの当時登志子の胸は悲憤に炎えていた。何を思うひまも行なう間もなかった。「惨酷なその強制に報いるためには?」という問題ばかりが彼女の頭の中にたった一つはっきりした、一番はっきりしたそしてその場合におけるたった一つの問題として与えられたのだ。もちろんこうした男の愛をそんなにもはやく受けようとは思いもよらなかったのだ。強制された不満な結婚の約を破ることは登志子にとってはいともやさしいことに思えた。そしてなお彼女は修学中であった。共棲するまでには半年の猶予があったので、その間にどうにもなると思っていた。
 帰校後の登志子はほとんど自棄に等しい生活をしはじめた。彼女と一緒にいた従姉はただ驚いていた。登志子は幾度かその苦悶をN先生に許えよう
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