汝の手紙を読むと俺はすぐ興奮してしまった。俺はこんな手紙なぞ書くのがめんどくさくってたまらないのだ。だが別に仕方もないのだから無理に激している感情を抑えつけて書くことにしよう。話を簡単にはこぶ。
 十二日、即ち汝が手紙を出した日に永田という人から極めて露骨なハガキがまいこんだ。『私妻藤井[#「藤井」は底本では「蔵井」、412−13]登志子』という書き出しだ。そうして多分上京したろうからもし宿所が分ったらさっそく知らしてくれ、父と警官同道の上で引きとりに行くという文句だ。さらに付加えて自分の妻は姦通した[#「姦通した」に傍点]形跡があるとか同志と固く約束したらしいということが書いてあった。妻に逃げられたのだからそんなふうに考えるのは無理もない話だ。俺は汝が去年の夏結婚したという話は薄々聞いていた。しかしそれがどんな事情のもとになされたものかは俺には無論解らない。そうしてもちろん汝自身から聞いたのでないから半信半疑でいたのだ。だが俺はいろいろとできるだけ想像は廻らしていた。しかし永田という人はとにかく『私妻』とかいてきたのだから俺は形式の結婚はとにかくやったものと認めない訳にはゆかない。し
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