から3字上げ](八日)
 おととい[#「おととい」に傍点]の晩は酒を飲んでいる上にかなり疲れていたものだから二三枚書くともうたまらなくなってきて倒れてしまった。昨夜も書こうと思ったのだが汝の手紙がきてからと思ってやめた。二日ばかりおくれてもやっぱり気になるのだ。今日帰ると汝の手紙が三本一緒にきていたのでやっと安心した。今夜ももう例によって十二時近いのだが俺はどうも夜おそくならないと油がのって来ないのでなにか書く時には必ず明方近くまで起きてしまう。それに近頃は日が長くなったので晩飯を食うとすぐ七時半頃になってしまう。俺は飯を食うとしばらく休んで、たいてい毎晩のように三味線を弄ぶか歌沢をうたう。あるいは尺八を吹く。それから読む。そうするとたちまち十時頃になってしまう。なにか書くのはそれからだ。今夜はこれを書き初める前に三通手紙を書かされた。俺はあえて書かされたという。Nヘ、Wへ、それからFヘ、なんぼ俺だってこの忙しいのに、そうそうあっちこっちのお相手はできない。それに無意味な言葉や甘ったるい文句なぞを並べていると、いくら俺だって馬鹿馬鹿しくって涙がこぼれて来らあ。人間という奴は勝手なものだなあ。だがそれが自然なのだ。同じ羽色の鳥は一緒に集まるのだ、それより他仕方がないのだ。だが俺等の羽の色が黒いからといって、全くの他の鳥の羽の色を黒くしなければならないという理屈はない。
[#地から3字上げ](十三日)
 学校へ「トシニゲタ、ホゴタノム」という電報がきたのは十日だと思う。俺はとうとうやったなと思った。しかし同時に不安の念の起きるのをどうすることもできなかった。俺は落ち付いた調子で多分東京へやってくるつもりなのでしょうといった。校長は即座に『東京へ来たらいっさいかまわないことに手筈をきめようじゃあありませんか』といかにも校長らしい口吻を洩らした。S先生は『知らん顔をしていようじゃありませんか』と俺にはよく意味の分らないことをいった。N先生は『とにかく出たら保護はしてやらねばなりますまい』といった。俺は『僕は自由行動をとります。もし藤井が僕の家へでもたよって来たとすれば僕は自分一個の判断で措置をするつもりです』とキッパリ断言した。みんなにはそれがどんなふうに聞えたか俺は解らない。女の先生達はただ呆れたというような調子でしきりに驚いていた。俺はこうまで人間の思想は違うものかとむ
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