しろ滑稽に感じたくらいだった。S先生はさすがに汝をやや解しているので同情は十分持っている。だが汝の行動に対しては全然非を鳴らしているのだ。俺はいろいろ苦しい思いを抱いて黙っていた。その日帰ると汝の手紙が来ていた。俺は遠くから客観しているのだからまだいいとして当人の身になったらさぞ辛いことだろう、苦しいことだろう、悲しいことだろうと思うと、俺はいつの間にか重い鉛に圧迫されたような気分になってきた。だが俺は痛烈な感に打たれて心はもちろん昂っていた。それにしても首尾よく逃げおうせればいいがと、また不安の念を抱かないではいられなかった。俺は翌日(即ち十二日)手紙を持って学校へ行った。もちろん知れてしまったのだから秘す必要もない。そうして手紙を見せて俺の態度を学校に明らかにするつもりだったのだ。で、俺は汝に対してはすこしすまないような気はしたが、S先生に対しても俺は心よくないことがあるのだから。
[#地から3字上げ](十四日)
 昨夜少し書くつもりだったのだがまた疲れが出てしまいのほうは何を書いているのだか解らなくなった。俺は意気地のないのに自分で呆れてしまった。
 俺は今帰ってきた。五時頃だ。汝の手紙を読むと俺はすぐ興奮してしまった。俺はこんな手紙なぞ書くのがめんどくさくってたまらないのだ。だが別に仕方もないのだから無理に激している感情を抑えつけて書くことにしよう。話を簡単にはこぶ。
 十二日、即ち汝が手紙を出した日に永田という人から極めて露骨なハガキがまいこんだ。『私妻藤井[#「藤井」は底本では「蔵井」、412−13]登志子』という書き出しだ。そうして多分上京したろうからもし宿所が分ったらさっそく知らしてくれ、父と警官同道の上で引きとりに行くという文句だ。さらに付加えて自分の妻は姦通した[#「姦通した」に傍点]形跡があるとか同志と固く約束したらしいということが書いてあった。妻に逃げられたのだからそんなふうに考えるのは無理もない話だ。俺は汝が去年の夏結婚したという話は薄々聞いていた。しかしそれがどんな事情のもとになされたものかは俺には無論解らない。そうしてもちろん汝自身から聞いたのでないから半信半疑でいたのだ。だが俺はいろいろとできるだけ想像は廻らしていた。しかし永田という人はとにかく『私妻』とかいてきたのだから俺は形式の結婚はとにかくやったものと認めない訳にはゆかない。し
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