と敏捷な挙動は最大の利器であった。登志子は叔父のそれらの特点をよく知りそしてそれを厭いながら、知らぬ間に彼女自身もいつかその叔父の周到に届いた誤魔化しに乗せられてその利器に触れたのだ。
「何て馬鹿らしい事だろう? 私はまあ叔父等の安価な生活のたしにされたのだ――」
 またじりじりしだした。――嫌な嫌なその叔父は、私らより十五分も前に長崎から博多について私等をそこで待っている――登志子は眉をあげてホッと息をした。それ以上考えることは彼女にはとても今の場合出来なかった。しかも汽車は走っていく。
 嫌な方に嫌な方にとずるずる引きずられていく――登志子はもう胸元にこみ上げてくる何物かがグッと上がると、すぐにもそれが頭をつきぬけてすっとこの苦しい自分からはなれていきそうで、それがまた心地よさそうにも思われながら、一方にはまた激しい惑乱に堕ちることを恐れて、グッと下腹に圧しつけながら目をつぶった。
 いつもはこの汽車の中で聞く言葉の訛りがいかにもなつかしく快よく響くのだが、今日はそれどころではない。彼女は連れのまき子等が何を話しているか何をしているか、そんな事に注意する余裕はなかった。彼女は顔を蒼
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