えもうよござんす。引き返しましょう、皆が待ってるでしょうから」
 二人はそこの角から暗い横町にはいって淋しい裏通りを停車場の方に急いで引き返していった。
 停車場の石段をよりそって上るとき二人は手が痛くなる程強く握り合った。改札口に近く、まき子の後姿が見えた。傍には世話になった先生や世話焼き役の田中の小父さん等が一緒にいた。小父さんは登志子の顔を見ると昼の汽車に後れたことを彼女のためだといって責めた。登志子の興奮した荒く波立っている心に小父さんの小言は堪えきれない程腹立たしいものだった。自分に小言をいう資格のない人につまらないことをいわれたということが第一に不快だった。彼女は熱した唇を震わして眼にいっぱい涙をためて小父さんといい争った。――
 登志子の新しい追憶はずんずん進んでいった。やがてそれが現在そこに、門司の停車場に腰かけている自分にまで返ってきたときにしみじみ彼女は、親しみの多い一番彼女をいたわってくれる、同情してくれる、東京からはなれてきたことを思った。一昨夜だ、そうだった一昨夜まであすこにいた。そしてあの人の顔を見て話をした。あの汽車に乗ったばかりに、こんな処に運ばれてきた
前へ 次へ
全18ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 野枝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング