すてさせた。ずるずるとこのいやな方へ引ずってきた。そのくせ、やはり自分の方へも引きずりそうにしている。登志子は新橋でここが最後の別れの場となるかもしれないと思ったときそこにたっている男の顔をこまかくふるえている胸を抱いてヂッと見た。この男と再び会えるものか会えないものか分らない。もし会えないものとしたら彼女にはそれが一生悲痛な思い出として、いつまでも忘れられないものになるだろう。そう思うと彼女はじっと男の顔を眺めている勇気はない。彼女は故郷の幼い弟に頼まれた飛行機の模型を買うのを口実に、銀座の通りまで行くといって停車場を出ようとした。改札時間までに間があったので――
「僕が一緒に行ってやろう」
男はすぐに気軽に出てきた。二人は並んで明るい町を歩いた。男は一軒々々それらしい家の前にたっては尋ねてくれたが目的の模型は見つからなかった。登志子はもうそんな買物のことなんかどうでもよかった。もうとても二人きりでは手を握り合うことも出来まいと思ったのに、思いがけない機会を見出したことがうれしくもあり、かえって悲しくも思われた。
「もっと先まで行けばあるだろうけれども時間がないかもしれない」
「え
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