ってしまいやがって、それから何んにもいわなかった。」
 彼はいつも夢中になって話すときには、誰に向ってもそうであるように、ぞんざいな言葉でそう話しました。
「感心ね。よく、でも、そんな理屈が考え出せてねえ。」
「そりゃもう口惜しいから一生懸命さ。どうです、間違っちゃいないでしょう。」

        七

 彼は未決にいるうちにGさんが差し入れてくれた「平民科学」の感銘が深かったことをしきりに話していました。そういう学問の不思議と面白さを初めて知ったのです。同時に学者のえらさをしきりにほめ上げました。
 ちょうどその頃もう一人私の家には牢屋の中でうんと本を読んでえらくなってきていた若いNという同志がいました。Nは巣鴨の少年監でうんとやはり科学の本を読んだのです。そして少年の驚くべき記憶力でもって、大部分読んだことを記憶に残していました。YはこのNの博識を感心して聞いていました。
 Yが家にいるようになったら――と思ってかなり心配した私も、すっかり落ちついたYを見て少なからず驚きました。彼は朝晩代りばんこにみんなでやることになっている炊事を、毎朝自分で引き受けました。そして牢屋で習慣づ
前へ 次へ
全29ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 野枝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング