ある男の堕落
伊藤野枝

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)尾《つ》くのは

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)労働運動|面《づら》も

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「コナ」に傍点]
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        一

 私がYを初めて見たのは、たしか米騒動のあとでか、まだその騒ぎの済まないうちか、よくは覚えていませんが、なにしろその時分に仲間の家で開かれていた集会の席ででした。その時の印象は、ただ、何となく、今まで集まってきた人達の話しぶりとは一種の違った無遠慮さで、自分が見た騒動の話をしていましたのと、その立ち上がって帰る時に見た、お尻の処にダラリと不恰好にいかにも間のぬけたようにブラ下げた、田舎々々した白縮緬の兵児帯とが私の頭に残っていました。彼はまだその時までは、新宿辺で鍛冶屋の職人をしていたのです。
 彼が、しげしげと私の家に来るようになったのは、私共が、田端で火事に焼け出されて、滝野川の高台の家に越してからでした。
 それ程深い交渉がなく、そして彼が幾分か遠慮している間は、私もこの珍らしい、
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