のすき[#「すき」に傍点]もなかったら、必ず私はそのような誘惑を感ぜずにすんだのでしょう。しかし、私が真直ぐにそのような行為をしようものなら、そこまで深く考えてくれるような人は多分幾人もないだろうということを、私は知りすぎていました。そして私が、大杉さんに対して持つものが本当に単純なフレンドシップでしたら、私はそれほどその事を気にしないでいられたのかもしれません。
 けれども少し注意して自分の気持を追いつめてゆきますと、ぶっつかった事実を、ただ冗談にしてしまうことは出来ないのでした。そのために、もし正直に私のその気持を進めてゆけば、恋愛のために今までの生活をただ何の反省もなく打破したものだと見られなければなりませんでした。そしてそれは、私には大変いやなことでした。なぜなら私はそれに向って、新しい恋愛のために、今までの生活をこわすことが、どうしていけない事だと反省し得るほど、その恋愛に向って熱情も自信も持ちませんでしたから。そうして、それどころか、私はその恋愛を拒絶するということの努力をしていましたから。それにまだ、もう一つ、今まで一年間そのために苦しんだということが、まるで無視されて、
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