のには驚いたが、しかしそんな嫌悪はすぐわが身に戻つて来て、えらさうな批判をする前にまづ研究だと、夜の勤務で昼の時間が暇なのを幸ひ、毎日高医の細菌学研究室へ通つた。
そこでも、研究生の物知り振つた顔があつた。楢雄は俺は何も知らぬから、知つてゐることだけをすると言つて、毎日試験管洗ひばかししてゐた。試験管洗ひは誰もいやがる仕事で、普通小使がしてゐたのだ。それを研究費を出して毎日試験管洗ひとは妙な男だと重宝《ちようはう》がられ、また軽蔑された。しかし楢雄は、磨き砂と石鹸で見た眼に綺麗に洗ふのは易しいが、培養試験に使用できるやうに洗ふのは、なかなかの根気と技術の要る仕事だと、帰つて雪江に聴かせた。
ある夏の日、二つ井戸へ医学書の古本を漁《あさ》りに行つた帰り、道頓堀を歩いてゐると喫茶店の勘定場で金を払つてゐる修一を見つけた。ちらりとこちらを見た眼が弱々しい微笑を泛《うか》べてゐるので、ふとなつかしい気持がこみ上げたが、しかし、その微笑は喫茶店の前で修一の出て来るのを待つてゐる若い女に向けられたものだと、すぐ判つた。女はずんぐり肩がいかつて美人ではなかつたが、服装は良家の娘らしく立派であつた
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