性を口実に、寿枝は楢雄に言はれる通りの金を渡した。
「しかし、千円だけはお前の結婚の費用に預つて置きますよ。」
「そんな金は兄さんにあげて下さい。」
千円減つたことで、自活の決心が一層固くなつた。
「ぢや、お母さんはお前に月々十円|宛《づつ》、お母さんの金を上げます。」
「要りません。食へなかつたら家庭教師します。」
さう言ふと、修一ははじめて口を利いて、
「お前みたいな頭の悪い奴に家庭教師がつとまるか。」
と、嗤《わら》つた。嗤はれたことも楢雄はこの際の勘定に入れた。そして学校の近くの下宿に移つた。寿枝は、下宿をしても洗濯物を持つて週に一回だけはぜひ帰るやうにと言ひ聴かせながら、自分は不幸だと思つた。
修一は学校を出ると、附属病院の産婦人科の助手になつた。報酬は月に一円足らずで、日給の間違ひではないかとはじめ思つたくらゐだつたが、それでも毎日浮かぬ顔をして通つてゐた。学生服よりは高くついたが、着てみれば背広も安洋服だつた。患者の中には良家の者らしい若い女性もゐたが、産婦人科へ生娘《きむすめ》が来る例《ため》しもすくなかつた。時々出稼ぎにあちこちの病院へ出張したが、その報酬は
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