はその本を学校で読み、電車の中で読み、家で読み、覚えにくい定跡はカードを作つて覚えた。三月掛つてやつと覚えた頃、暑中休暇になり、修一が頭髪を伸ばして帰つて来ると、楢雄は早速将棋盤を持ち出したが、王手もせぬうちに簡単に負けてしまひ、あゝ俺はやはりだめだと青くなつた。
修一は毎日海岸へ出て、相変らず女を物色してゐるらしかつたが、楢雄は海水着を着た女は猥《わい》せつだから見るのもいやだと言つて、一日中部屋に閉ぢこもり、いよいよ人間嫌ひになつたのかと寿枝をやきもきさせた。部屋に閉ぢこもつて何をしてゐるのかと、こつそり伺ふと、修一が持つて帰つた「カラマゾフ兄弟」を耽読してゐるらしかつた。楢雄にはその本はばかに難解だつたが、しかし楢雄はミーチャやイ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ンの父親に対する気持が判つたと思ひ込み、夜更けに鏡を覗いてみると、表情が何となく凄《すご》みを帯びて見えた。眉毛の薄いせゐかも知れなかつた。それで一層深刻な顔になつてやらうと、眼をむき下唇を突き出すと、こんどは実に奇妙な顔になつた。しかし別にをかしいとも思はなかつた。イ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ンを真似
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