てゐると、いきなり耳を引つ張られた。振り向いて、あツドラ猫だ。宮城といふ受持の教師だつたが、咄嗟《とつさ》にその名は想ひ出せず、思はず、綽名《あだな》を口走つた。ドラ猫もまたそのビヤホールで一杯やつてゐたらしく、顔を真赤にして、息が酒くさかつた。耳を引つ張られたまま表へ連れ出されて、生徒の分際でこんな場所へ出入する奴があるかと、撲られた。すかさず、教師の分際でこんな場所へ出入する奴があるかと言ひ返してやれば面白いと思つたが、あゝこれで家出も失敗に終つたのかといふ情けない気持が先立つて、口も利けなかつた。
翌日、母親と一緒に校長室へ呼びつけられた。ドラ猫は校長の前で、戎橋の上から尾行してビヤホールにはいつた所をつかまへたのだと言ひ、自分がさきにビヤホールで一杯やつてゐたことは隠すのだつた。楢雄は途端にドラ猫を軽蔑した。嘘をつくと承知しないぞ言はれたので、今までしたこと、あることないことを洒唖洒唖《しやあしやあ》と言つた。理科教室の顕微鏡に胡椒《こせう》をぬりつけたこと、授業中に回転焼をいくつ食へるか実験してみたところ、相手の教師によつて違ふが、まづ八個は大丈夫だ云々、バスの切符をわざと
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