ぎしている「あの事」って一体どんなことなのかしらといういたずらな好奇心があった。
今川橋のお針の師匠の家には荒木という髪の毛の長い学生が下宿していた。荒木はその家の遠縁に当る男らしく、師匠に用事のある顔をして、ちょこちょこ稽古場へ現われては、美しい安子に空しく胸を焦していたが、安子が稽古に通い出して一月許りたったある日、町内に不幸があって師匠がその告別式へ顔出しするため、小一時間ほど留守にした機会をねらって、階下の稽古場へ降りてくると、
「安ちゃん、いいものを見せてあげるから、僕の部屋へ来ないか」と言った。
「いいものって何さ……」
「来なくっちゃ解らない。一寸でいいから来てごらん」
「何さ、勿体振って……」
そう云いながら、二階の荒木の部屋へ随って上ると、荒木はいきなり安子を抱きしめた。荒木の息は酒くさかった。安子は声も立てずに、じっとしていた。そして未知の世界を知ろうとする強烈な好奇心が安子の肩と胸ではげしく鳴っていた。
やがてその部屋を出てゆく時、安子は皆が大騒ぎをしていることって、たったあれだけのことか、なんだつまらないと思ったが、しかし翌日、安子は荒木に誘われるままに家
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