出して、熱海の宿にかくれた。もっと知りたいという好奇心の強さと、父親の鼻を明かしてやりたいと言う気持に押し出されて、そんな駈落をする気になったのだが、しかし三日たって追手につかまり、新銀町の家へ連れ戻された時はもう荒木への未練はなかった。それほど荒木はつまらぬ男だったのだ。
日頃おとなしい父親も、この時はさすがに畳針を持って、二階まで安子を追いかけたが、母親が泣いて停めると、埼玉県の坂戸町に嫁いでいる長女の許へ安子を預けた。安子は三日ばかり田舎でブラブラしていたが、正月には新銀町へ戻った。せめてお正月ぐらい東京でさしてやりたいという母親の情だったが、しかし父親は戻って来た安子に近所歩き一つさせず、再び監禁同様にした。安子は一日中炬燵にあたって、
「出ろと云ったって、誰がこんな寒い日に外へ出てやるものか」
そう云いながらゴロゴロしていたが、やがて節分の夜がくると、明神様の豆まきが見たく、たまりかねてこっそり抜け出した。ところが明神様の帰り、しるこ屋へ寄って、戻って来ると、家の戸が閉っていた。戸を敲いてみたが、咳ばらいが聴えるだけで返事がない。
「あたいよ、あけて頂戴。ねえ、あけてよ。
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