道子は薬を貰いに行った。粉薬と水薬をくれたが、随分はやらぬ医者らしく、粉薬など粉がコチコチに乾いて、ベッタリと袋にへばりつき、何年も薬局の抽出の中に押しこんであったのをそのまま取り出して、呉れたような気がして、なにか頼りなかったが、しかし道子は姉がそれを服む時間が来ると、「どうぞ効いてくれますように。」と、ひそかに祈った。しかし姉の熱は下らなかった。
桜の花が中庭に咲き、そして散り、やがていやな梅雨が来ると、喜美子の病気はますますいけなくなった。梅雨があけると生国魂神社の夏祭が来る、丁度その宵宮《よみや》の日であった。喜美子が教えていた戦死者の未亡人達が、やがて卒業して共同経営の勲洋裁店を開くのだと言って、そのお礼かたがた見舞いに来た。
道子がそのひと達を玄関まで見送って、部屋へ戻って来ると、壁の額の中にはいっている道子の卒業免状を力のない眼で見上げていた喜美子が急に、蚊細いしわがれた声で、
「道《みっ》ちゃん、生国魂さんの獅子舞の囃子がきこえてるわ。」
と、言った。道子はふっと窓の外に耳を傾けた。しかしこのアパートから随分遠くはなれた生国魂神社の境内の獅子舞の稽古の音が聴えて来
前へ
次へ
全13ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング