る筈もない。
 窓に西日が当っているのに気がついたので、道子は立ってカーテンを引いた。そしてふと振りむくと、喜美子は「ああ。」とかすかに言って、そのまま息絶えていた。
 姉の葬式を済ませて、三日目の朝のことだった。この四五日手にとってみることもなく溜っていた古い新聞を、その溜っていることをいかにも自分の悲しみのしるしのように思いながら、見るともなく見ていた道子は、急に眼を輝かした。南方派遣日本語教授要員の募集の記事が、ふと眼に止ったのである。
「南方へ日本語を教えに行く人を募集しているのだわ。」
 と、呟きながら読んで行って、「応募資格ハ男女ヲ問ハズ、専門学校卒業又ハ同程度以上ノ学力ヲ有スル者」という個所まで来ると、道子の眼は急に輝いた。道子はまるで活字をなめんばかりにして、その個所をくりかえしくりかえし読んだ。
「応募資格ハ男女ヲ問ハズ、専門学校……。」
 道子はふと壁の額にはいった卒業免状を見上げた。姉の青春を、いや、姉の生命を奪ったものはこれだったかと、見るたびチクチクと胸が痛んだ卒業免状だったが、いまふと、
「あ、ちょうどあれが役に立つわ。」
 と、呟いた咄嗟に、道子の心はから
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