」
道子は小沢の名を言う時、急に赧くなった。
「――兄さんに忠告して下さい」
「で、兄さんは今どこにいるんですか」
「たぶん渡辺橋の方だと思います」
「何をしに……?」
「何もすることがないので、毎日朝早くから魚を釣りに行っているんです」
情なそうに、道子は言った。
「魚釣り……?」
など、するような伊部ではなかったのだ。研究と仕事以外には、何一つ道楽も趣味もない男で、欠伸する暇もないくらい、医学の仕事に全身を打ち込んでいたのだ。
「ええ」
と、道子は小沢に答えた。
「――朝暗い内から起きて、出て行くんです。そして、一日中渡辺橋のところで、坐ってるんです」
「釣れるんですか」
小沢は愚にもつかぬ質問をした。それよりほかに、何か言うべきことを知らない――それほど呆れ返っていたのだろう。
「さア、どうですか。一匹も持って帰ったことはありませんの。釣ったのは、みな川へ逃がしてやるらしいですの」
その悲しそうな声は、小沢の胸を痛めた。
「伊部の奴!」
と唇を噛んで、ふと壁に掛った野口英世の写真を見あげて、
「――僕これから行って、言いきかせてやります」
「お願いします」
「じゃ
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