の方へ歩いて行くではないか。
 このコースは昨夜小沢が土砂降りの雨の中を歩いて行ったコースであった。
 そして、今小沢はその同じコースを辿るのである。
 自然、小沢はその二人のあとを尾行するといった形になったが、勿論、尾行するつもりで歩いて行ったのではない。
 小沢はただ細工谷町の友人を訪ねるために、その道を歩いているというに過ぎなかったのだ。
 ところが、刺青の男と唖の娘が、昨夜小沢が雪子と出会った四ツ辻まで来て、いきなり北へ折れて行くのを見ると、
「おやッ!」
 と、思って、友人の家へ行く道を急に変えて、その二人のあとを尾行する気になった。
 刺青の男は、半町ばかり行くと古風なしもた家の前で立ち停った。
 そして、手真似で唖の娘をうながすと、その家の中へはいってしまった。
 ひそかに尾行していた小沢は、何気なくその家の前を通り過ぎざまに、ちらと標札の文字を見上げた。
「横井喜久造……」
 その名前を記憶の中に入れて、小沢は四ツ辻までひきかえした。
 そして、そこから二丁ばかり東へ行くと、友人の家があった。
「伊部恭助」
 稍左肩下りの、癖のある、しかし達筆の字で書かれた標札を見た途
前へ 次へ
全141ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング