ませるもんか」
 という自尊心のうずきが、お加代の額にピリッと動いた。
「なるほど、家を飛び出すだけあって、あんたも随分おつな科白が飛び出すわね。しかしわれらのペペ吉が惚れるもあろうに、ストリート・ガールにうつつを抜かした――というのはあんまりみっとも良い話じゃないわよ」
 ペペ吉とは豹吉の愛称だ。むかし「望郷」という仏蘭西映画にペペ・ル・モコという異色ある主人公が出て来たが、そのペペをもじったのか、それとも、ペッペッと唾を吐く癖からつけたのか。
「ストリート・ガール……?」
 人を驚かすが自分は驚かぬという主義の豹吉も、さすがに驚きかけたが、危くそんな顔は見せず、
「――嘘をつけ!」
「そんな怖い眼をしないでよウ。――嘘でない証拠には、あたしはちゃんとこの眼で見たんだから。ゆうべ雨の中で男を拾ったところを」
「どこでだ……?」
「戎《えびす》橋……相手の男まで知ってるわ。首知ってるどころじゃない。名前をいえば、針が足の裏にささったより、まだ飛び上るわよ」
「言ってみろ、どいつだ……?」
「ガマンの針助……」
 と、言って、にやりと笑うと、
「……に、きいてごらんよ」
「じゃ……? あ
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