っても、万一それが無邪気な気持からであったとすれば小沢の思い違いはきっと悔恨を伴うだろう。
「君、こうしていて怖くない……?」
 小沢はそうきいてみた。すると、娘は、
「怖くないわ、あたし怒らないわ」
 と言った。
 小沢は暫らく口も利けなかった。
 その夜のことは小沢にとって思いもかけぬことばかしであったが、しかし、娘のその言葉ほど小沢を驚かせたものはなかった。
「これが若い娘の口から出る言葉だろうか。いや、恋人に言うならまだしも、おれはただ行きずりの男に過ぎないじゃないか」
 小沢は間抜けた顔をして、芸もなくなっていたが、やがて口をひらくと、
「本当に、何をされても平気なのか。僕がどんなことをしても、怒らないのか」
 娘は黙ってうなずくと、そっと小沢の方へ寄り添うて来た。
 小沢は身動きもしなかった。指一本動かさなかった。そして、
「君は今まで……」
 と、思わず野暮な声になって言った。
「男と宿やへ来たことがあるのか」
「え……?」
 娘は不意を突かれたように、暫らくだまっていたが、やがて、つんと顎を上げると、
「――あるわ」
 もう昂然とした口調だった。
「ふうん」
 小沢は何
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