ら売れば金になるだろう」
「そんなン……気の毒ですわ」
「今から行って来るから、帰るまで待っていろ」
 そう言って、小沢は出て行った。
 その帰りを、雪子は待ち焦れているのだった。
 勿論、著物を待っているのにはちがいないものの、しかし、何か恋人を待っているような甘い焦燥がないわけではなかった。
 早く著物を持って帰ってくれれば、それを著て、そのまま小沢と別れて、いつも行くように、十時にハナヤへ行きたいと、思っていたが、しかし、小沢が帰って来ても、もはや何か小沢と離れがたいという気持もあった。
 離れがたいと言っても、しかし、そんな深い仲になったわけではなかった。むしろ、小沢は夜どおし雪子に背中を向けて寝ていたのだ。
 しかしそれがかえって、雪子の心を燃えさせたのだ。かつて男というものに動いたことのない心が不思議にいそいそと燃えたのである。
 だから、ひたよりに小沢の帰りを待っていることが雪子の心を甘くゆすぶっていた。
 しかし、小沢はなかなか帰って来なかった。

 小沢は憂鬱だった。
 が、しかし、小沢の憂欝は同時に大阪の憂鬱ではなかろうか。
 まず小沢の憂鬱は――。
 雪子をひとり残して、阿倍野橋の宿屋を出た小沢は、阿倍野橋から地下鉄に乗って、大阪駅まで行った。
 そして、駅の東出口の横にある荷物の一時預け所へ行き、引換えのチケットを出そうとして、はじめてそれが無くなっていることに気がついた。
 あわてて、あちこちポケットを……裏返しにまでしてみたが、ない。
「おかしい。落したのかな」
 まさか掏られたとは思えなかった。
「チケットを落したんですが……」
 と、小沢はもう探すことは諦めて、係員に言った。
「――チケットなしでも渡して貰えますか」
「渡せんな」
 香車で歩を払うような、ぶっ切ら棒な返事だった。
「預けた品はわかってるんですが……」
「ふん、どうせ闇のもンやろ」
 小沢はむっとした。が、声は柔く……というより、むしろ情けない調子で、
「昨日復員したばかしで、実はその荷物なんです。毛布は麻繩を掛けたやつですから、見ればすぐ……あ、そうだ、名前もついている筈です。小沢十吉です」
「なんや、復員の荷物か」
 係員は吐きだすように言った。
「そうです」
 小沢は腹が立つというより、むしろ情けなかった。
 こういう所の人々の中によくある妙に威張った態度は、戦争
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