た原因を考えると、小沢はやはりその娘の体に触れることが躊躇された。
「とにかく娘はおれに救いを求めたのだ。おれは送り狼になりたくたい」
そう思ったので、小沢はもうサバサバした声で言った。
「困るも何もない。君は一人で寝台に寝るんだ」
「でも……」
「僕は椅子の上で寝るのは馴れてるんだから……」
そう言うと、娘は暫くためらっていたが、
「じゃ、お休み」
と、言って、寝台の中へもぐり込んだ。
ちらと眼をやると、娘は掛蒲団の中へ顔を埋めている。眩しいのだろうか。
「灯り消そうか」
小沢が声を掛けると、娘は半分顔を出して、
「ええ」
天井を見つめたまま、うなずいた。
小沢は立って行って、壁についているスイッチを押した。
廊下の灯りも消えているので、外から射し込んで来る光線もなく、途端に真暗闇になった。
手さぐりでもとの椅子に戻ると、小沢は濡れた服を寝巻に着更えると、眼を閉じた……。
外は相変らずの土砂降りだった。
何か焦躁の音のような、その雨の音が耳についてか、それとも……とにかく小沢はなかなか寝つかれず、いらいらしているとふっと、大きな溜息が寝台の方から聴えて来た。
娘もやはり寝つかれぬらしい。
そして、どれだけ時間がたった頃だろうか、娘はいきなり寝返りを打つと、声を掛けて来た。
「なんぜここへ来て寝ないの……?」
「えっ……?」
小沢は思わず眼をひらいて、寝台の方を見た。
暗がりで、よくは見えないが、たしかに娘はこちらの方へ顔を向けて寝ているらしい。
「…………」
娘は暫らく黙っていたが、やがてちょっとかすれた上ずった声で、
「小沢さんはあたしが嫌いなんでしょう?」
と、言った。
小沢の名を知っているのは、さっき宿帳に書く時、覗いていたからであろうが、それにしても、いきなり自分の名を云ったので、小沢はちょっと意外だった。
もっとも、この驚きには甘い喜びが、あえかにあった。
復員者の小沢は、久しく自分の名を「さん」づけで呼ばれたことはなかった、しかも若い女の口から……。
「どうして……? 嫌いじゃないよ」
「じゃ、なんぜ……?」
「…………」
小沢は返答に困った。暗がりをもっけの倖だと思った。まだ二十歳前後の若い娘が、そんな言葉を言っている顔を見るに耐えないばかりでなく、ふと赭くなった自分にも照れていたからだ。
「やっぱり嫌いな
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