て行つたといふ話を聴いて、再び胸を痛めたきり、私はまた名曲堂から遠ざかつてゐた。主人や娘さんはどうしてゐるだらうか、新坊は一生懸命働いてゐるだらうかと、時にふれ思はぬこともなかつたが、そしてまた、始終来てゐた客がぷつつり来なくなることは名曲堂の人たちにとつても淋しい気がすることであらうと気にならぬこともなかつたが、出不精《でぶしやう》の上に、私の健康は自分の仕事だけが精一杯の状態であつた。欠かせぬ会合にも不義理勝ちで、口繩坂は何か遠すぎた。そして、名曲堂のこともいつか遠い想ひとなつてしまつて、年の暮が来た。
年の暮は何か人恋しくなる。ことしはもはや名曲堂の人たちに会へぬかと思ふと、急に顔を見せねば悪いやうな気がし、またなつかしくもなつたので、すこし風邪気だつたが、私は口繩坂を登つて行つた。坂の途中でマスクを外して、一息つき、そして名曲堂の前まで来ると、表戸が閉つてゐて「時局に鑑《かんが》み廃業仕候」と貼紙がある。中にゐるのだらうと、戸を敲《たた》いたが、返辞はない。錠が表から降りてゐる。どこかへ宿替へしたんですかと、驚いて隣の標札屋の老人にきくと、名古屋へ行つたといふ。名古屋といへば
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