の隙間《すきま》へ腰を割り込んで行くのも、北新地の売れっ妓の沽券《こけん》に関《かか》わるほどではなかった。第一、そんな安物ばかり食わせどおしでいるものの、帯、着物、長襦袢《ながじゅばん》から帯じめ、腰下げ、草履《ぞうり》までかなり散財してくれていたから、けちくさいといえた義理ではなかった。クリーム、ふけとりなどはどうかと思ったが、これもこっそり愛用した。それに、父親は今なお一銭天婦羅で苦労しているのだ。殿様《とのさま》のおしのびめいたり、しんみり父親の油滲《あぶらじ》んだ手を思い出したりして、後に随いて廻っているうちに、だんだんに情緒《じょうちょ》が出た。
 新世界に二|軒《けん》、千日前に一軒、道頓堀に中座の向いと、相合橋東詰にそれぞれ一軒ずつある都合五軒の出雲屋の中でまむし[#「まむし」に傍点]のうまいのは相合橋東詰の奴《やつ》や、ご飯にたっぷりしみこませただし[#「だし」に傍点]の味が「なんしょ、酒しょが良う利いとおる」のをフーフー口とがらせて食べ、仲良く腹がふくれてから、法善寺の「花月《かげつ》」へ春団治《はるだんじ》の落語を聴《き》きに行くと、ゲラゲラ笑い合って、握《にぎ》
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