をいうとき上を向いてちょっと口をもぐもぐさせる、その恰好《かっこう》がかねがね蝶子には思慮《しりょ》あり気に見えていた。
 蝶子は柳吉をしっかりした頼《たの》もしい男だと思い、そのように言《い》い触《ふ》らしたが、そのため、その仲は彼女の方からのぼせて行ったといわれてもかえす言葉はないはずだと、人々は取沙汰《とりざた》した。酔《よ》い癖《ぐせ》の浄瑠璃《じょうるり》のサワリで泣声をうなる、そのときの柳吉の顔を、人々は正当に判断づけていたのだ。夜店の二銭のドテ焼(豚《ぶた》の皮身を味噌《みそ》で煮《に》つめたもの)が好きで、ドテ焼さんと渾名《あだな》がついていたくらいだ。
 柳吉はうまい物に掛けると眼がなくて、「うまいもん屋」へしばしば蝶子を連れて行った。彼にいわせると、北にはうまいもんを食わせる店がなく、うまいもんは何といっても南に限るそうで、それも一流の店は駄目や、汚《きたな》いことを言うようだが銭を捨てるだけの話、本真《ほんま》にうまいもん食いたかったら、「一ぺん俺《おれ》の後へ随《つ》いて……」行くと、無論一流の店へははいらず、よくて高津《こうづ》の湯豆腐屋《ゆどうふや》、下は夜
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