の角に当っているところに古びた阿多福人形《おたふくにんぎょう》が据えられ、その前に「めおとぜんざい」と書いた赤い大提灯《おおぢょうちん》がぶら下っているのを見ると、しみじみと夫婦で行く店らしかった。おまけに、ぜんざいを註文《ちゅうもん》すると、女夫《めおと》の意味で一人に二杯ずつ持って来た。碁盤《ごばん》の目の敷畳に腰をかけ、スウスウと高い音を立てて啜《すす》りながら柳吉は言った。「こ、こ、ここの善哉《ぜんざい》はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか大夫《だゆう》ちう浄瑠璃のお師匠はんがひらいた店でな、一杯|山盛《やまもり》にするより、ちょっとずつ二杯にする方が沢山《ぎょうさん》はいってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」蝶子は「一人より女夫の方がええいうことでっしゃろ」ぽんと襟を突き上げると肩が大きく揺れた。蝶子はめっきり肥えて、そこの座蒲団が尻にかくれるくらいであった。

 蝶子と柳吉はやがて浄瑠璃に凝《こ》り出した。二ツ井戸天牛書店の二階広間で開かれた素義大会で、柳吉は蝶子の三味線で「太十《たいじゅう》」を語り、二等賞を貰った
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