行《はや》った。妾になれと客はさすがに時機を見逃さなかった。毎朝、かなり厚化粧してどこかへ出掛けて行くので、さては妾になったのかと悪評だった。が本当は、柳吉が早く帰るようにと金光教の道場へお詣りしていたのだった。
二十日余り経つと、種吉のところへ柳吉の手紙が来た。自分ももう四十三歳だ、一度|大患《たいかん》に罹《かか》った身ではそう永くも生きられまい。娘の愛にも惹《ひ》かされる。九州の土地でたとえ職工をしてでも自活し、娘を引き取って余生を暮したい。蝶子にも重々気の毒だが、よろしく伝えてくれ。蝶子もまだ若いからこの先……などとあった。見せたらこと[#「こと」に傍点]だと種吉は焼き捨てた。
十日経ち、柳吉はひょっくり「サロン蝶柳」へ戻って来た。行方を晦《くら》ましたのは策戦や、養子に蝶子と別れたと見せかけて金を取る肚やった、親爺が死ねば当然遺産の分け前に与《あずか》らねば損や、そう思て、わざと葬式にも呼ばなかったと言った。蝶子は本当だと思った。柳吉は「どや、なんぞ、う、う、うまいもん食いに行こか」と蝶子を誘った。法善寺境内の「めおとぜんざい」へ行った。道頓堀からの通路と千日前からの通路
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