なかった。自業自得《じごうじとく》、そんな言葉も彼は吐《は》いた。「この家の身代は僕が預っているのです。あなた方に指一本……」差してもらいたくないのはこっちのことですと、尻《しり》を振って外へ飛び出したが、すぐ気の抜けた歩き方になった。種吉の所へ行き、お辰の病床《びょうしょう》を見舞うと、お辰は「私《わて》に構わんと、はよ維康さんとこイ行ったりイな」そして、病気ではご飯たきも不自由やろから、家で重湯やほうれん[#「ほうれん」に傍点]草|炊《た》いて持って帰れと、お辰は気持も仏様のようになっており、死期に近づいた人に見えた。
お辰とちがって、柳吉は蝶子の帰りが遅《おそ》いと散々|叱言《こごと》を言う始末で、これではまだ死ぬだけの人間になっていなかった。という訳でもなかったろうが、とにかく二日後に腎臓を片一方切り取ってしまうという大手術をやっても、ピンピン生きて、「水や、水や、水をくれ」とわめき散らした。水を飲ましてはいけぬと注意されていたので、蝶子は丹田《たんでん》に力を入れて柳吉のわめき声を聴いた。
あくる日、十二三の女の子を連れて若い女が見舞に来た。顔かたちを一目見るなり、柳吉の
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